piantinaの日記

日本のとある教会で弾いてるオルガニストの毒にも薬にもならない戯言

ちょっと更新をお休みしました。

みなさんこんにちは。

久しぶりの更新になるかと思います。
月曜~火曜は義理の両親(つまり夫の両親)が1泊旅行に来ていて、どちらの日も仕事が入っていた夫に代わって「おもてなし」をしていて、昨日は単純に疲れてブログを更新する元気が無く、今日になってしまいました。

 

夫の両親がやって来たよ

夫の両親が「成人の日」とその次の日に私の住んでいるところに来ていました。
私のふるさとほど「人多すぎの観光地」ではないものの、おもな産業が農業か観光業くらいしかない(半導体か何かの工場があったものの撤退してしまったのでそれで失業している人もたくさんいます)ので、市内に旅館やホテルなどがたくさんあります。我が家にはとても人を泊められる部屋というのがないし(しかも猫がいるので)、割と義父母は「自分たちでアレコレ調べて旅行に行く」のが好きなタイプの人たちなので、そのあたりは事前調査済みなところもあったりします。「そのついで」という感覚で我が家にやってきました(夫はいなかったけど)。

 

義母はいわゆる典型的な「お姑さんタイプ」ではなく、あっけらか~んとサバけた感じでちょっとズボラなところもあります(足でドア閉めちゃうような感じの)。自称「片付けられない女」で、おそらくADHDっぽいところもあります。私とは「ズボラ同盟(←勝手に命名)」を組んでいるのであまりうるさいことは言いません。でも義実家に行くとどんどん料理が出てきます(それも美味しい)。そんな感じなので、

「asterixxxさん!ここが掃除してないじゃないの!これだからまったく…」「asterixxxさん!ウチの○○(←夫の名前)が体調を崩したって!?アナタの健康管理がなってないんじゃないの!?」
「(まだ子どもがいないので)孫はまだなの!?」
「asterixxxさんも少しは外で働いたらどうよ!?」

とかいちいち他人のことをあげつらっていびるタイプではありません。
おそらく「(ASDの夫を育てた結果)そんなことを言っても逆効果」というのがわかっているのかもしれませんし、義母自身も義父が酒屋(造り酒屋ではなく売るだけの酒屋)をやっていた頃に「家庭に入って自営業のご主人を手伝わないの!?」など色々言われたことがあって不愉快な思いをたくさんしたから言わないのかもしれません。

 

おとといは義理の両親を地元の道の駅などにあちこち案内しながら、一緒に食事をしました。道の駅のレストランは地元の野菜などを使っていて美味しいのですが「価格が観光地価格だな~」と思いながら食べました。そこで色々な話をしたのですが、あるヒントになるようなことを義母から聞きました。

アスペルガー自閉症傾向のお子さんを育てている方、または家族にアスペルガーがいる人の参考になればと思って書いてみます。

 

「○○(夫)はね、診断を受ける前から”やっぱりこの子はもしかして”と思うことがあったから、あえて家では(同じ事を指していても)義兄や義妹とニュアンスや言い回しを変えて育ててきたの。同じことを言っても理解できなくてパニックになるから」

「普通の人ならば一度にいくつものコトを言われても優先順位を考えたりしてやったりするけれど、○○(夫)はひとつひとつ別々に言わないと頭の中で処理できないの」

「学校の先生とかだと、指導の指針みたいなののとおりに勉強したり学んだりができないと”どうして!?”となったり”特別なところへ”となったりするでしょう?でも、○○(夫)は自分のペースややり方で自分の勉強したいようにやっていますから、他の子と違ったところに戸惑うかもしれませんが、心配しないであげてください、ってずっと面談のときに言い続けたの。受け入れてくれた先生もいたけれど、”ダメ、私には無理”っていう先生ももちろんいたけれどね」

「今だとそういう子を早いうちから見つけ出して”じゃあ特殊学級に”とかって、ってなるけれど、私はできるだけ一般のところで頑張ってもらいたかった。」

 

アスペルガーは「知的障害のない自閉症」でもあるので、学校の勉強は何の問題も無くこなせる(科目によっては「めちゃくちゃ得意」と「めちゃくちゃ不得意」が激しい)けれど、「授業を理解してない」「先生の言っていることを理解していない」というわけではなく、独自の方法(一般的でない方法)で勉強していたりします。むしろ「なんで自分はこうやって机にかじりついて先生の話を1時間も聞かなきゃいけないんだ」とかそういった根本的なところに疑問を持ったりしています。普通の子が何の疑問も持たないところに疑問を持ちたがるのがアスペルガーなのではないかと私も少し思っています。でもそこが「誤解」や「やっぱりあいつは宇宙人だ」と理解することを阻む要素でもあるかと思います。

 

両親や先生が誤解するとグレたり反抗的な態度をとり続けたりということになりますが、親の働きかけや先生が「こういう子もいるんだな」という理解があればノビノビと学校でもやっていけると思います。義母も仕事を持ちながら、そういったことをし続けるのは大変なことだっただろうと思いますが、それが「発達障害の子を育てる」ことの大変さかもしれません。

 

義母に以前、夫が茶道を習っていて、それも最初の段階を3年(どんなに飲み込みの遅い人でも1年で卒業できるものらしい)やっても抜け出せなかったことを話すと、「な~んで、お茶なんてやりだしたんだろうね!?あんなカタチが決まったもの向いてるわけないじゃん」と笑っていました。でも、それが診断を受けるきっかけになったんだと話したら納得してくれました。