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piantinaの日記

日本のとある教会で弾いてるオルガニストの毒にも薬にもならない戯言

母に隙なし―今週のお題「これ、うちのおかんだけ?」―

みなさんこんにちは。
今週のお題「これ、うちのおかんだけ?」というお題がありますので、母(ことに実家の母)について思うことをあれこれと書いていきたいと思います。

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※写真はイメージです。

 

世間的には5月というとゴールデンウィークがあって、母の日があって、近頃では運動会があって…という感じですが、私の実家ではさらに父の誕生日があり、その翌日は私の誕生日がある…というなんだかイベントだらけの月でした。母自身はいまだに「あなたの出産予定日は父の誕生日だったのに、なにをモタモタしていたの!」と私に言ってきますが、そんなの知ったこっちゃありません。超絶マイペース人間の私にそんな30年以上も前の話を蒸し返されても困ります。

 

 

さて、タイトルを「母に隙なし」と書いたのは、自慢でもなんでもないのですが、私の実の母はまさに「シャキ奥」の典型という感じで、毎日洗濯、毎日掃除機をかけ、毎日アイロンもかける、そんな母でした。さらには、揚げ物以外は大体のものは自分で作るというまさに「主婦としては100点満点」という人でした(揚げ物は「台所が汚れるから」といってお店のものを買っていました)。裁縫も得意でしたので、よくよく幼稚園バッグですとかいろいろミシンで縫って作ってくれました。

 

 

独身時代は某自動車会社に勤務して最初は製図の仕事をしていました。まだまだCADがない時代なので手書きだったそうです。製図の仕事から秘書に転身して、重役秘書も勤めていました。その後、某外資系企業に転職して父と出会い結婚しました。娘二人がそこそこ大きくなったところで働くのを再開させ(家計のため)、事務のパートや美術館の監視員の仕事をしていました。ちなみにどうでもいい情報ですが、母は特段ロシアの血を引いているわけではないですが、フィギュアスケート選手のエリザベータ・トゥクタミシェワ選手を老けさせた感じの外見です。

 

 

まぁそんな母親に育てられた娘二人はどうなったのかといえば、姉は周囲の期待通りに高学歴、高学校歴のキャリアウーマンです。が、「家事は一人暮らしの長い義兄に任せた!」とばかりに仕事と趣味に生きています。下手すると義兄より稼いでいるかも?そして私はというと「全てにいたって中途半端なテキトー人間」になってしまいました。一応、地元ではそこそこ名の知れた高校に通い、一年浪人して都内にあるこれまた「一応名の知れた大学」を卒業しました。一応4年で。

 

 

おそらくADHDかADDの疑いもありますが、実際知能検査やらロールシャッハテストをしたところ発達障害ではないといわれてしまいましたし、「限りなくADD(不注意優勢型)に近い健常人」を生きています。なにかとりえはあるのか?というと、中途半端に音楽を長くやり続けているというだけで、たいした才能はありません。ちょっと絶対音感があるくらいです。まぁ教会でオルガニストをやっていますが、正直私より技術があってちゃんと弾ける人が現れれば牧師や教会委員に止められようともすぐさまその座を明け渡そうと思っているくらいです。

 

 

話がそれてしまいましたが、そんなわけで「完璧すぎる母」のおかげで、「こうでなくては」「ああでなくては」というハードルをぐんぐんと上げてしまっているようになってしまいました。さらには「デキる人」にありがちなことで、「できない人の気持ちがわからない」というのがあって、どちらかというと「ダメ人間側」にいる私の気持ちなど母にはわからないのです。常に100点のパフォーマンスをしなければならないし求められる。それができないと「なぜ」「どうして」と責めるのです。

 

 

さらにはこうしてどんどん「ダメ人間」が自分を追い込んでメンタルを病んでいっても「うつ病なんてあるわけがない」「発達障害なんてあるわけがない」と言ってしまうのです。実際心療内科の医師に向かってそう言ったこともありました。そんなわけでなんだか「ほほえましい」エピソードにならずなんだか「毒母自慢」みたいになってしまいました。…が、ほほえましいなんてことがないのです。

 

 

ただ、こういった人が私の人生にいたおかげで「デキる人はできない人の気持ちや感覚がわからない」とか「できない人に合わせたり、そういう人の助けになれれば」と近頃思うようになりました。