読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

piantinaの日記

日本のとある教会で弾いてるオルガニストの毒にも薬にもならない戯言

今でも忘れられない女(ひと)

みなさんこんばんは。
この記事は本当違う話を書いていたのですが、あまりにも内容が「これは全世界にOPENにするとちょっとまずいかもな」と判断し、削除しましたので、違う内容の話をしたいと思います。

f:id:mayflower81:20150606193846j:plain
私の中の「南国」イメージというとやはり太陽とやしの木です。

 

きょうの夕食を作っていて、ふっとある女性のことを思い出しました。
その人は、結婚する直前くらいの時期~夫の転勤まで半年ほどアルバイトをしていた職場の先輩の女性でした。それも年は私の親よりもちょっと若いくらいでしょうか。そもそもその職場は50代後半(一番若くて40代)~年金もらえる年齢の女性が多く働いているところでしたので、私のようなアラサー(当時)はまるで「娘のよう」な存在で、非常にかわいがられていました。

 

 

また、そのアルバイト先は某財閥系企業の子会社に相当していて、社内各部署はじめ関係会社にはじまり市役所や病院や看護学校などに食事のサービス(お弁当または食堂)をやるところで、朝は6時に始業、勤務時間は2時間ですが、時たま残業があって2.5時間くらい働いていることもありました。時給も待遇もそんなに悪くなく、ボーナス時期には寸志がもらえ、残念ながら経験していないのですがお盆休みもあったりと「ちょっとの間だけ働きたい年配の主婦」にはもってこいの職場でした。「老後資金のため」とパートをダブルワークしている人もいました。私はちょうど忙しい時期でもありましたので、その仕事だけやって、あとは結婚式準備の追い込み、結婚した後は家事(まだ慣れていませんでしたので…笑)か自動車教習所に通っていました。

 

 

その女性は本名の姓が非常に読みずらいので(鹿児島の出身だそうです。沖縄同様たしかに独特な姓が多いイメージがありますが私の旧姓がトップ5のうちに入っていますし、ルーツをたどると鹿児島です)、「Sちゃん」と呼ばれていました。私のようなずいぶんと年齢の離れた若者が「ちゃん」付けするのは果たしていいのだろうか…と思っていたのですが、「Sちゃんでいいよー!」とまるで南国の太陽のようにからっと明るく言われてしまいましたので、私もそうやって読んでいました。

 

 

Sちゃんはまさに「鹿児島のおかあちゃ~ん」という感じの風貌で、声がよく通り、職場内でも人気がありました。男っぽくてさばさばっとしていて、気さくでカラッと明るい性格。…といっても江戸っ子のような感じではなくて、ちょっと素朴な感じ。でも非常に気が利いて親切な女性でした。

 

 

Sちゃんは「もうすぐお父さん(ご主人)が定年退職なので、一緒にお父さんのふるさとでもある鹿児島に住む」と言っており、鹿児島で仕事を探していたりしていたようです。……が、定年退職までもうあとわずか、というところでご主人が急に亡くなってしまい、その計画がいったん白紙になってしまいました。ご主人の葬儀を終え、しばらくSちゃんはお休みを取っており、職場のみんなも「Sちゃん大丈夫かしら…」と心配していました。

 

 

しばらくして、Sちゃんは戻ってきました。本当はつらいし大変な状況にあるのだろう、と思っていましたが、しばらくご主人の勤め先の社宅にもいられるようで、その間に新しい住まいを探すとのことでした。鹿児島に里帰りするのはもう少し後になったようでした。ただ、ご主人のお墓も鹿児島なので、将来的には鹿児島に帰るようでした。

 

 

その後は私自身も転勤の話があり、自分自身のことでいっぱいいっぱいになっていましたし、記憶があやふやになるほど忙しい時期だったことだけは覚えていました。新しく住むところ(今住んでいるところ)に下見に行ったり、教会でも2度くらい葬儀があって、そのお手伝いなどをしたりしていましたので、とにかく「なんだか忙しかった」という記憶しかありません。

 

 

気風がよくて、明るくフレンドリーだった彼女。今はどうしているのでしょうか。
どんなにつらいことがあってもそれを表に出さず、気丈で芯の強さを感じさせました。彼女は今でも忘れられない人のひとりです。