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piantinaの日記

日本のとある教会で弾いてるオルガニストの毒にも薬にもならない戯言

自閉症スペクトラム症(アスペルガー症候群)の夫と暮らして見えてきたこと―明日は「世界自閉症啓発デー」―

日記 メンタルヘルス カサンドラ症候群 思ったこと

みなさんこんにちは、Piantinaです。
このブログを読んでいる方は度々「夫が発達障害」だの「カサンドラ症候群(発達障害の配偶者やパートナーが陥る抑うつ感、自尊心の低下、不定愁訴など)」だのの話をよくしている(つもり)し、カサンドラ関連の話を期待して読んでくださっている方もいらっしゃるかと思います。

 

 

昨年も一応、「世界自閉症啓発デー」の話を書いていたりします。 

mayflower81.hatenablog.com

もう今では子どもに関してはもうクラスに何人かは「発達障害」の子がいるというほど、発達障害という障害は「身近にある」障害になっているかと思います。
子どものほうだけでなく大人になってから社会での生きづらさに直面して、二次障害(うつ病統合失調症など) になったことをきっかけにテストを受けてみたら、言語性と動作性のIQが離れていて、ということで大人になってから「発達障害」とわかった…ということもあります。

 

 

夫が発達障害の診断を受けて、それからどうしたかという話のほうは上のリンクのほうに書いてありますので、あえて今回は同じことの繰り返しでもしょうがないので、むしろ自閉症スペクトラムアスペルガー)の夫と暮らして見えてきたこと」を書いていきたいと思います。もちろんこれはうちの主人がそうなわけで、すべてのアスペルガー症候群自閉症スペクトラムの男性に当てはまるところとは限りませんので、そのあたりをご理解ご了承いただければと思います。

 

 

 

いちいち物事の本来的な意味や意義を求めたがる

うちの夫はいわゆる「文系アスペ」ですので、「○○ってこうらしいよ~」と言うと、「なんだよ、そのふわっとしていてあいまいで本質的な意味とか理由とかそこに至る経緯とかないのかよ!!調べねぇのかよ!!」とイライラしだします。まぁ、最初のうちはこれに「そんなことをいちいち求めなくてもいいじゃん!!」とイラつきましたが、今となっては「あ~!出た!!本来的な意味を求めたがる病気が」と思うくらいになりました。

 

 

まぁそうやって物事を突き詰めたがるというところが彼のアスペルガーたるゆえんなのかもしれませんが、それが旺盛すぎる知識欲が豊富な知識量や読書量になり、時には訪問営業や新興宗教の人を理詰めで撃退するのに役立っていますが…。ただ、いまだに撃退できないのがなぜか同じキリスト教系のエホバの証人の人ですが。

 

 

独特な感覚過敏とこだわり

「俺、アスペルガーって言われたけど、そんなに感覚過敏ってわけではないかな…」と自分で言っていますが、いやいや、私は見逃してないよ!「あ~これ、化学調味料入ってる」「これ、いかにも冷凍食品って感じの味」とかたまに言っているのを!逆に私が函館のお土産で昆布を買って昆布と干ししいたけを冷水筒に入れるだけというズボラ方式で出汁を取るようになったら、それはそれで気に入ってくれているようです。出かけても夕飯はうちで食べることが増えてきたのももしかしてそれ!?

 

 

あとはちなみに体質的に飲めないわけじゃないけれどお酒が嫌いです。ちなみに元酒屋の息子にもかかわらずです。「毎晩晩酌するのとか信じられない、俺はご飯が食べたい」と平気で言います。どうやら定食屋さんのようなメニューが大好きでごはんにお味噌汁、主菜副菜、漬物みたいな感じがいいようです。

 

 

おしゃれなワンプレートだと「足りない!!」と言ってお菓子を食べ出しますし、甘いものには基本的には目がありません。ちなみに「お腹がすいた」状態も苦手な状況なので、なるべくすぐに用意しないといけないので工夫が必要です。はたから見るとなんだかものすごくわがままで亭主関白、ちょっとモラハラ入った人?!と思われますが、「それがこだわりだ」とわかっていればハラスメントでも何でもありません。

 

 

あ~あと、あるとしたら、聴覚過敏でパイプオルガンの倍音(ストップで言うと"ミクスチャー"系の音)と小さい子どもの「ギャァ―――!!!」とか、なんとなく高い周波数の「キーン」とした感じの音がダメなんだった。ピアノとかアコースティックギターとかは平気です。困ったねぇ、バッハとか弾けないじゃないか!(相当選ばないとダメかな)。

 

 

「常識からして」「ふつうは」「一般的には」という言い回しは地雷

「普通こうでしょ」「常識から考えてこうでしょ」という言い回しや自閉じゃない側の人間の「ルーティン」や「当たり前に思ってる事」はアスペルガーにとっては逆に「そっちが異端だ」くらいに思っている節があります。まぁこれは本を読んで「定型の人に自分のルーティンや決まり事を押し付けない」というところがあって、これは非自閉・定型発達の人もそうだな、と感じたところです。

 

 

「定型の当たり前、自閉にとっては当たり前じゃない」くらいにとらえていたほうがいいときもあります。しかも「こっちにとっては当たり前のことだ」というと論破しようとして必死にまくしたてたりします。こうなるとやっかいなことになります。

 

 

これは非自閉や定型発達の人が一方的に「屈する」わけではなくて、状況と場合によってこっちの「当たり前」を押し付けないというだけであって、お互い余裕をもって距離を取りながら譲るべきは譲る……まぁ車の運転とちょっと似ているかもしれません。

 

 

まとめ―もしかして地球上に「One and only」な二人、家族になれるかも!―

努力と工夫、そしてこちら側のとらえ方次第では「One and Only」な夫婦、家族になれるのが発達障害者との暮らしではないかと思います。一般的な家族や夫婦のとらえ方ではもしかしたら「ありえない」ところもあるかもしれませんが、逆に「ほかの人たちが真似しようがない、他に替えが効かない」家族になれるのではないかと思えます。

 

 

発達障害だから、お互いに理解しあえないから」となんでも別れる方向に踏み切るのは早いときだってあります。別居、離婚はもう最後の最後に切るカードだなと私は思います。住む場所や再就職(主婦なら)のあてもありますし、何より独身に戻ったらいきなり貧困にということも今の日本の経済状況だったらあり得ます。命の危険が迫っていたりだとかなら話は別ですが。

 

 

私自身こう思えるまで時間がかかりましたし、いろいろ調べたり講演会やら自助グループやらいろんなところに行ってみたり自分なりに考えたりした結果です。まだまだもっと知識と研鑽と観察が必要なのは承知の上ですが、まぁやっとやっと覚悟ができてきた、というところです。長くなりましたが、お役に立てればと思います。