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piantinaの日記

日本のとある教会で弾いてるオルガニストの毒にも薬にもならない戯言

前代未聞のクリスマスイヴになってしまったぞ!

みなさんこんばんは。

天皇誕生日、そしてクリスマスイヴイヴ(なんとなくこの表現はもやっとするがさておき)。昨日は新月冬至が重なる朔旦冬至という珍しい冬至でした。しかし、またしても教会に訃報が入り、急遽、今日の「こどもクリスマス礼拝」と明日の「クリスマスイヴ礼拝」をお通夜と告別式と同時進行でやらなくてはならなくなったのです。でも、太陽と月が復活に向かう日にお亡くなりになる、というのは日本人的な「死=無、または全ての終わり」とは考えず「永遠の命」に預かり、そして神様のみもと、天国へ召されていくこと。終末には全ての死者の命が復活するとキリスト教では考えます。そう思うと意味深い日に召されていったのだな、と思いました。それに火葬場が込み合っていてどうしても、という事情が無い限り「なるべく早く」葬儀が終わるほうがご遺族にとっても精神的な面でかなり違ってきます。

 

ひえぇ~!!!弾く曲がふえるぅぅぅ!!(心の叫び)

 

だって、お葬式もそれなりに弾くし、これも場面に応じていろいろ対応していかないといけないし。それにやっぱり「人前で弾く」以上間違えられないし、完成度の低い演奏を聞かせるわけにいかないし。

それにしても待ってくれよ~イヴの曲、去年と一緒とはいえ、一年ぶりにしか弾かないから忘れちゃってるよ~!


私の勝手なポリシーで「クリスマスイヴ、クリスマスとイースターはきちんと後奏を弾く」というのがあります。いわゆる「ハイチャーチ」という儀礼的な部分を重んじる教会ではしっかりガッチリ弾きまくっていたのですが、割と説教など簡素なものを求める田舎の「ローチャーチ」の教会に移ってからは音楽の部分は「最低限」に削ってやるようになってきましたが、大祝日の場合はやっぱり「やらなきゃいかんだろ」という気になるのです。

私自身オルガニストとしてのスタートは前奏、聖歌、チャント(いわゆるミサ曲にあたるものです)、(主日の場合は陪餐中の曲)、後奏というのを全て、しかもノーミスでそろえるのは当たり前といわれていたものですから、「それが当たり前だろ」とずっと思っていたのです。

しかし、移動してから前奏を弾いていると私に話しかける人などがいるので「こまった、弾きながら話すのはいくらなんでもスキル的に無理だ」ということもあってしばらくは「前奏を弾かない」という時期がありました。だけども、そうしていると、今度は礼拝開始の鐘が鳴るまでいつまでもいつまでもしゃべっている人たちがいるので(もちろんお祈りを捧げている人もいます)、「せめて5分前からは前奏を弾いていないと皆がお祈りしなくなる」と思って前奏だけは毎主日弾くようになりました。

後奏に関しては、特に弾かずとも結構皆あっさり次に移ったりするのですが、中には聖堂に残っている人も居るのでこれまた「礼拝は終わりましたよ。また一週間娑婆(この言葉自体は本当は仏教用語だけど)で頑張っていきましょう」という合図のファンファーレ的なものなので、まぁ長々と演奏しなくてもいいものなのですがたまに「オルガニストの後奏を全部聴くのが好き!」という人種(私なんかがまさにそうなのですが半分勉強のためです)もいますので、もしもそういった人が居る場合は「弾かなければならないかなぁ」と思うのです。

さて、こどものクリスマスは曲数は少ないものの、元気いっぱいの小学生たちが相手なのでどちらかというとなんだか集中が切れないようにしないといけないし、礼拝に慣れているわけではないので、どちらかというとその後のプレゼント交換やゲームをするほうが収拾が付かなくて大変でした。
一方でイヴ礼拝はこれまた「Lessons and Carols(聖書日課とクリスマスキャロルの礼拝)」の形なので聖歌の数が普段の倍くらいになっています。さらには前奏と後奏があるわけですから弾く数が多くなります。

そして何よりも、ハードな感じになってきたので、これは25日のクリスマス礼拝が終わったらなんだかぶっ倒れていそうで恐ろしい。見た目ほど体力があるわけではないし、さてどうしよう。一応サプリは飲んでいるけれど、それじゃ足りないかもしれない。まぁ移動が無いことをいいことにカフェイン入りのコーヒーを飲んだりしていますが……。

というわけで、あまり夜更かししているとまたまた悪影響が出そうなのでそろそろ寝たいと思います。それではみなさんおやすみなさい。