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piantinaの日記

日本のとある教会で弾いてるオルガニストの毒にも薬にもならない戯言

その人なりの「花」を咲かせる演奏を

日記 音楽 趣味 思ったこと

みなさんこんにちは、Piantinaです。
何日か前にこういうyahoo!知恵袋の質問がシェアされてみたので、改めてちょっとこの知恵袋について私なりに考えたいと思います。

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

 

まず、質問を見た感想として

まず、この質問を見ると「大人になってから始めたら絶対にうまくならない」という考え方に支配されていること、さらに「楽器をやるにはうまくならなければならない!」という凝り固まった考え方に支配されているなぁと思ってしまいました。まぁそりゃあまりうまくない人の練習は聴くに堪えたものじゃないかもしれません。

 

 

だけども、うまくなるとかコンクールに出場するとか、プロになってお金を取れるレベルになるとか、というのはたとえ3歳4歳5歳から始めたって、なれない人はなれないのです。だけどその年代は「やりたい!」という自分の意志というよりは両親がそういった楽器の習い事に教育「投資」ができるかどうかなのではないかが鍵を握っているのではないかと思うのです。

 

 

たまたま姉も私も親戚に音楽を副業的にされている方がいて(本業は電気屋さん)、母に「子どもが生まれたら音楽教室に通わせるのがいい」とアドバイスしたから姉も私も行きました。姉は途中でやめてしまいましたが、私は一応卒業できました。まぁ私は管楽器系はどうにも肺活量がなくて吹くのが苦手なのですが、ピアノに関しては「あれもこれも弾きたい」と思ったら単にやめようがなかっただけです。辞めたいというと先生に止められたりして続けています。

 

 

 

でも自分ひとりで曲を探したりするのはしんどいので、もういつもインターネットラジオOTTAVAの助けを借りて「自分がやったことのない曲」を探すのが趣味になっています。大手放送局の傘下だった時代は本当にこちら側は「聴くだけ」だったのですが、「第2の開局」という独立ラジオ局になってからはリスナーさんがスポンサーになり、そのぶんリスナーさんと番組の司会進行をしている「プレゼンターさん」との距離も近くなり、ほかのリスナーさんのメールの紹介を聴いては自分のなかった知識に「へぇ・・・すごいなぁ」と驚いたりしています。その中にはたまに「大人になってからですが楽器を始めてみました!」とかもあります。

 

 

子どものうちからでなく大人になってからの良さもある

よくよく「幼少のころから楽器をやっていました」という人もいますが、たまたまそれは聴力が伸び盛りになる4歳あたりにピアノだとかヴァイオリンだとかを始めたわけで、やはり演奏するには自分の音を聴きながら弾いていくのですから、手元を見てなんてやっていると全然弾けません。子どものころからならそれは年数が長くなるわけですからどんなに才能がなくても(私なんかそうかもしれませんがw)身体がくせになってくるわけです。

 

 

一方大人になってからだといろんな音楽を聴いてから楽器に向かうわけですから、「自分の出したい理想的な音」というのがすでにできあがってて楽器に向かっているのだと思います。だけども、なかなか「技術的に」その音に近づくことは本当に難しい。私だってピアノは5歳にかぎりなく近い4歳で始めたからまぁピアノは弾けるわけですが、オルガンに至っては20歳になってから始めた楽器です。

 

 

「なぁ~に似たような楽器じゃないか」とお思いでしょうが、音の鳴り方も楽器の仕組みも違う楽器です。ピアノには肺(風袋)はありませんし、ピアノ線をハンマーでたたくわけです。まぁピアノと同じ調子でバシバシ弾くと怒られるのです。ニュアンスとしては笛を吹くとか歌うような感じでしょうか。

 

 

それに近年では都市部のある程度大きいコンサートホールだとパイプオルガンが置かれるようになりましたが、基本的にオルガンがあるのは教会です。これはオルガンはピアノと違って鍵盤を押している限りはずーーーーっと持続音が鳴らせるわけですが、ピアノは音はどんどん減衰していきます。神様に近づく楽器としてふさわしい!と選ばれたのはあのモーツァルトをして「楽器の王」と言わしめたオルガンで、ピアノは近頃ではピアノ伴奏の賛美もあるでしょうからそういう意味ではピアノも置かれ始めましたがね。

 

 

話がそれましたが、それが仮にヴァイオリンでもフルートでもサックスでもギターでも「技術的にうまくなる」には時間も労力もきっと子供の時始めるよりはずっとかかってなかなかうまくなれなくてイライラすることもあるかもしれません。だけども、「その年になって始めたその人なりの音」も決して技巧的ではないにせよ「非常に味のある演奏」になるのではないかと思うのです。

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世阿弥(だっけ?)の書いた「風姿花伝」という本があります。
そこには「その年代なりの”花”がある」というそうです。そこに技巧的に「うまい」「下手」は関係ないと思います。