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piantinaの日記

日本のとある教会で弾いてるオルガニストの毒にも薬にもならない戯言

ミニマリストについて思ったことのあれやこれ―私の雑感―

みなさんこんにちはPiantinaです。
いよいよ2015年も後半戦。今年も明けたと思ったらもう後半ですよ。早い早い。

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なんとなくシンプルな画像にしてみました。足成さんの画像です。

 

昨日、twitterをちょっと眺めていたら、はてなの注目記事でこの記事が出ていたので思わず読んでしまいました。

zeromoon0.hatenablog.jp

せっかくブログを始めたのになんだかもったいないように思うのですが、その理由に挙げられていたのが「はてなブログ」内で非常に多くなっている「ミニマリスト(シンプルライフ?)」と呼ばれている人たちの存在で、虚無透さんいわく「内輪ノリ」で、「キャッキャウフフのノリがじわじわと関係ないところにまで広がってきている」とおっしゃっています。

でもその「内輪ノリ」にはそういう「感情」が感じられない。言葉だけ見ると「面白いですね」「参考になります」だけで悪いことは書いてないのに、「感情」が伴っていない。傍から見るととっても不気味。一体何のためにこの人たちは「友達ごっこ」をしているんだろう、みたいな。何かに叱られないように必死で媚を売っている子供のようだ。何かに怯えているように見える。

 

また、このくだりが非常に「ほほう!」と思ったところです。

謎の虚勢や見栄、自分を上げるために他者を貶めるような発言。それに気づかないで字面通りに受け取って「面白いですね~」とか言ってる取り巻き。ぶっちゃけて言えばミニマリストを名乗る集団なんですが、ミニマリストを名乗ることやそれに合わせた生活をすることは別に個人の趣味だろうから好きにやればいいと思う。でも、結局こうやって文章を書いて広めるんだから自意識だけはラージサイズになっていくわけで、物は質素になっているのかもしれないけれど変な見栄や不釣り合いな自尊感情はどんどん増していると思う。そうなるともう完全に生活スタイルの消費とかそういうのを通り越して新興宗教のレベルだ。で、ラージサイズになった自意識がダダモレしているのにその処理には無頓着なのが現状だと思う。

別にミニマリスト全部がよくないって言ってるわけじゃない。ミニマリストをタイトルに冠していても好感のもてるブログもあるし、みんながみんなそうではない。でも「定義なんてどうでもいい」ってわけわかんないことを言いだした結果、言葉だけが一人歩きしてモノやしがらみに執着するあまりに人として大切な何かを捨てて変な欲が肥大しているんじゃないかって思ってしまう。つまり気持ち悪い。言ってることとやってることの一貫性があまりにもない。そもそも欲を消し去ろうと思うならまずブログなんてやらないと思うんだけどなぁ。毎日ボタンを掛け違える人を見ている感じだ。別に単発ではどうってことないけど、毎日毎日同じ部分の掛け違えをしていて、声をかけようものなら「あなたに迷惑はかけていないしこの服はこうやって着るんです!」って言われるような感じかな。

そして、「無要の葉」のブログに呼応してらくからちゃさんの「#ゆとりずむ」というブログでもこの記事に関して、ミニマリストに関しての話が書かれています。よく調べられていますし、読み応えのある記事になっています。

lacucaracha.hate

 

たしかにはてなブログの「ブロググループ」の中に「生活」カテゴリがあって、そのさらに下の「ライフスタイル」のところに「ミニマリスト」というグループがあります。そこまでなってきているわけですから、はてなブログ内に「ミニマリスト」を自称している(またはミニマリストを目指す)人というのは本当に多いんだなぁと思いました。ちなみになんか雰囲気的には「ライフハックからミニマリストになった」という指摘もありますが、私の感じるところでは「数年前に”ほっこり系””ほっこりさん”とか言われている人がいわゆるミニマリストになったのかな」と思っています。なんとなくですが。

 

 

私自身はというと…

私自身はどちらかというと「年々無駄が減っている(減らしている)つもりなんだけどまだまだ無駄が多い」生活をしているなぁと感じています。どちらかといえば「無駄」を増やす必要もなければその余裕もない(笑)ので、「洋服も本当ならばシンプルでベーシックなものを最低限そろえてあとは小物や組み合わせでどうにか着まわし出来たらなぁ」とか思うくらいです…が、実際は洋服もかばんも多い。まぁ、減らしたければ教会のバザーに出品すればいいだけの話ですけれどね。でもなかなか自分の「モノ」を減らすのは難しいです。 まだまだ見極める目が養われていないなぁと思います。日々精進ですね(それでもマシになってきたように思うのですが…)。

mayflower81.hatenablog.com

 でも、男性ならばともかく女性はなにかと着る服の種類が多いですし、いっつも黒のワンピースでアチコチに出かけるというわけには行きませんからね。いや、出かけてもいいのですが、だいたいそんな感じだと「○○さんて、いっつも黒いワンピースばっかり着ていますね」と言われてしまいます。毎日喪服なのかい?!毎日葬式なのかい?!と(ちなみにお寺の奥さんなんかは「いつなんどき葬式が入るかわからないので黒っぽい服装にしている」んだそうです。テレビでやっていました)。たしかに「無駄なものはもちたくない」という気持ちもわかりますし、持っているものや買ったものはせいぜい大事に使いたいと思いますし、それこそ「節約できてかつエコな暮らし」が出来たらなぁという願いになってくるのです。

 

 

ミニマリスト」のハシリのような人

実際以前いた教会の方でまさに「ミニマリスト」のハシリみたいな節約上手・くらし上手の奥様がいらっしゃいました。おそらくそんな言葉が出てくる何年も前(下手すると何十年も前)からそうやっている感じです。今でも「あんなふうになれたらなぁ」と思っているのですが、ズボラな私にはなかなかできません。どちらかというとシンプルライフやらミニマリストやらよりも「ズボラを極める」ほうがよっぽどいいのかもしれません、きっと…。

 

 

しかも話を聞いて驚いたのは「新婚生活で出たごみは牛乳パック1箱分くらいしかなかった」というので「どこをどんだけ減らせればその量になるの!?」と目が飛び出そうなくらい驚いたことがあります。大声ではいえないのですが実はご主人は会社の社長さん(「雇われです」とご謙遜なさっていましたが)です。いわゆる「貴族系(?)金持ち型」のシンプルライフを実践されているような方です。

 

 

社長さんの奥様だからといって「贅沢し放題」なわけではないんだなぁと思いました。非常に器用な人でもありますし、生活全てにわたって「無駄なことはしない」というのがモットーのような人でした。でも他人に押し付けることもない。もちろんお金かけるところはかける。そんな方でした。

 

 

ミニマリストが出てくるのは時代的な流れか?

でも、「イマ」の日本の時代感覚として「少々けち臭い、貧乏臭い」にしても「ミニマリスト」や「シンプルライフ」が増えてくるのは流れからして「必然」のようにも思えてきます。かつて大量生産・大量消費が当たり前でしたが、同時に「大量廃棄」もあったわけです。デフレですし、円安になったからといって、けっして「普通の」人の生活は楽になってきたわけでもありません。昨年から消費税も上がりましたし、今後まだまだ上がっていきますし。

 

 

それに人口も減って少子高齢化になってきています。さらには環境問題、ごみ処理問題を考えればますます「あるもので暮らす」、「モノは必要最小限に抑える」、「お金をかけるところにはかけて、あとは節約する」という生活指向の人たちがでてきてもなんらおかしくない状況にあると私は思います。だからこそ教会のバザーも大盛況になるわけです。みなさん掘り出し物を買いたいのです。それも安く。質のいいものだともしかしたらヤフ○クあたりに転売してしまうのかもしれませんけど。

 

 

なんとなく「根性が貧乏臭さそう」な人はたんなる「ケチな人、節約家」で、「普段は質素だけど金かけるところには金をかける」感じの人や「買い物にはマイバッグ(ポイント目当てな私みたいな人もいますが)、移動は自転車(これは田舎だと難しい)、ロハスでエコな暮らし」見たいな感じな人はミニマリスト、シンプルライフな印象です。あくまでも私の勝手な分類ですが。