piantinaの日記

日本のとある教会で弾いてるオルガニストの毒にも薬にもならない戯言

私が出会った、3人の「人生の師匠たち」―今週のお題「思い出の先生」―

みなさんこんばんは、Piantinaです。

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だいたいこの画像で何の話かわかってしまいますね(笑)

 

今週のお題が「思い出の先生」とありましたので、私の思いつく限り「印象的だった先生」について少しお話してみようと思います。

 

 

先日、大学時代のサークルのOBOG会が再びきちんと組織されたということで、母校まで行ってきました。「サークル」といっても内容的にはほとんど「部活動」には近いものの「○○部」と付いていたわけでもないので、部活とは書かなかったのですが、実質は部活動な感じでした。

 

 

今ではもしかしたら他のミッション系の学校でも聖歌隊があってその中でもちょっと鍵盤楽器が弾ける学生・生徒さんに礼拝のオルガンを弾かせるということはあるかもしれませんが、私が思うにおそらく自分のいた団体はその先駆的な団体かと思っています。出てから思うのは、キリスト教キリスト教の宗教音楽についてまったく知識がない、演奏したことのないまっさらな学生に、礼拝でオルガンを弾いてもらうということはキリスト教そのものの宣教としても意義があるのではないかと思います。礼拝を弾いていく上ではキリスト教の知識と聖書を読まなくてはならないのは必須だからです。

 

 

私のいたころにはすでに「オーディションに受からないと礼拝で弾かせてもらえない」というのが当たり前になった時期で、オーディションに受かるには曲の練習だけでなく、礼拝にも出席していないと合格にはなりませんでした。さらには先生や先輩の前で自分の弾く礼拝の聖歌を弾かなければいけないというルールもありました。

 

 

「演奏能力が高い=礼拝で弾ける」というわけではなく、それなりの準備をしていなければダメなのです。その上での事故的な小さなミスは仕方がないという感じで、むしろ「偶々巧く弾けたけど準備をしていない」というのは大きなペナルティになったのです。だからこそ母校の聖歌隊が合宿で来るときには一週間前から「ちゃんと弾けないと大変!」と背筋がゾクゾクしてきます。幸いにしていつも「Piantinaさんは学生の頃よりもずいぶんと奏楽に安定感が増した」とお褒めの言葉を頂いてとりあえずホッとしておりますが(来年は英国合宿のため来ませんが)。

 

 

洗礼を受けるとか受けないとかの話でなくとも、「キリスト教ってこういう宗教です」「キリスト教の礼拝ってこんなです」ということを身をもって知り、「過去の偉大なクラシックの作曲家達の信仰を知り、触れることができる」という経験があるとないとではその後の音楽人生が変わってくるのではないかと思うのです。

 

 

私のいたころは「先生」はもちろんプロの演奏家の方たちで、それぞれいろんなところで演奏活動をしながらも、その中でわざわざ普通の大学生の私たちの演奏の指導やレッスンに時間を割いてくださっているという感じでしたので、「出来る限り先生たちの手を煩わせてはいけない」というのが不文律的にありましたが、どうやらこれからは「オーディションに受かっていない学生も先生がイチから指導をする」ということになり、さらに団体としてのあり方もさらにしっかりした組織にしていくような感じを受けました。もちろん「いい傾向だな」と思っています。

 

 

私が1年~2年生まで教わったH先生は本当に不思議な先生でオルガンも超絶的に巧いのですが(当たり前ですね)、「いったい普段はどういう生活をしているんだろう」といつもいつも思ってしまう先生です。すでに私と会ったときは40歳になっていたのですが、お肌は綺麗ですし、体型は小柄でスリム。それは今でも全然変わらないですし多少髪形とか変わったなぁくらいの変化ですが、外見に大きな変化がないというのも「いったいどういう生活をしていたらこうなるんだろう?」とミステリアスです。

 

 

しょっちゅう海外(主にアメリカ)との行き来をしていますし、あちこちで演奏をしたり、とある大学の非常勤講師もしていますし、めちゃくちゃ忙しいはずなのですが、それも表に出さないし、演奏も押し付けがましい感じがしません。これは私にとってはある意味「永遠の憧れ」だなぁと思っています。ちなみにH先生は地震のP波がわかるらしく(おそらく耳の出来が一般人と違う!?)、ガタガタゆれる前には具合が悪くなるという不思議な体質をお持ちです。奇しくも東日本大震災からこんな感じになったそうです。。

 

 

大学の4年間お世話になったJ先生は卒業後洗礼を受けるときの教母になってもらいました。「Piantinaちゃんはやれば出来る子だから大丈夫!」と背中を押してくださることもあり、「もしかしてこの先生と出会っていなければ早々にオルガン辞めたかな?」と思ってしまうこともあります。大学のそばにスタバがあったころはいつもスタバの容器を持っていて、何かとスタバが大好きな先生でした。今も神戸で元気にしていらっしゃるでしょうか?J先生の演奏というのもある意味凄い演奏で、優美で女性らしい感じと華がある演奏で(これくらいしか形容する言葉がないのですが、そんな感じ)、どうやったらそういう風に弾けるのか未だに謎です。

 

 

大学の3年~卒業(今現在も大学で指導しています)までお世話になったY先生は「完璧主義が服を着て歩いてる」という感じでした。私のいたころは服は黒一色であちこちで「魔女」と言われていましたし(ご自分でもおっしゃっていましたが)、今でも「この人は本物の魔女かもしれない」と思うくらいです。今は多少色のある服や生成の服をお召しになっていて「変わったなぁ」と思いますが。

 

 

自分もかつてそうでしたがまさか10年後の学生達も「厳しい」と言っているくらいで、音楽も何でも絶対に「妥協」を許さない、そんな先生です(まぁ「アーティスト」という人はどこかそういうところを多かれ少なかれ持っているかと思います)。でも私は学校を卒業してからアレコレ社会でもまれて「もしかしてY先生は実はすごくいい人なんじゃないか」と思えるようになりました。学生(元学生?)たちが「一人前のオルガニスト」に成長してほしいという情熱はおそらく誰よりも持っているわけですから、まだまだ「子ども」な部分が残っている学生に対して色々と言いたくなるのもなんとなくわかってきました。今は親も教職員も厳しくなくなっているでしょうから、なおさら「私が言わないで誰が言うのよ!」となってもしょうがないと思います。

 

 

私が大学で出会った3人の先生はどの先生も「憧れの大人の女性」であり、まさにお手本のような方たちです。だからこうやってオルガンを弾き続けているのかもしれませんが。